mathdiaryのブログ

数学についての覚え書きを雑多にしていきます.

点P

アティマク演習解答メモ1-1

1章

1.

この解答はiso.2022.jpというサイトのPDFとほぼ同じであるが, 一部新たに注意を加えたものである. 先のPDFの繰り返しになってしまう部分もあるが証明全体を書くこととする.

$x$ はnilpotentなので $\exists N>0$ について $x^N=0$ である. 一般の $y$ と $n>0$ について $1-y^n=(1-y)(1+y+\cdots+y^{n-1})$ である. この式に $y=-x$ と $n=N$ を代入すると,

(左辺)$=1-(-x)^N=1-(-1)^N x^N = 1-0 = 1$

(右辺)$=(1+x)(1+(-x)+\cdots+(-x)^{n-1})$

ゆえに $1+x$ はunitになることが示された.

注意:いま, 所与の環 $A$ は可換環であることが仮定されているが, この証明は乗法についての可換性が無くても成り立つ. 実際 $y$ は $y$ それ自身と可換なので

$1-y^n=(1-y)(1+y+\cdots+y^{n-1})=(1+y+\cdots+y^{n-1})(1-y)$

という等式は可換環でなくても成り立つ. よって $1+x$ は乗法についての左逆元かつ右逆元(すなわち普通の意味での逆元)を持つのでunitになる. また $(-x)^N=(-1)^Nx^N$ の箇所で $-1$ と $x$ の可換性を使っているが, これは $1x=x1=x$ より導かれる事実なのでやはり可換性は必要ない.

意見:抽象的議論によってunitであることを示すこともできるが, 具体的に逆元の形を示している点でこの証明は有用である.


後半部分を示す. $u$ をunit, $x$ を上と同様にnilpotentとする. $u+x$ がunitになることを示す.

$u+x=u(1+u^{-1}x)$

なので $1+u^{-1}x$ がunitであることを示せばよく, そのためには前半の証明より $u^{-1}x$ がnilpotentであることを示せばいい. ”乗法の可換性から”

$(u^{-1}x)^N=u^{-N}x^N=0$
なので, $u^{-1}x$ はnilpotentであり, よって命題が示された.

注意:後半の証明には可換性が不可欠である. 実際, 可換性がない場合には反例が存在する. 考えるのは行列の成す環である.

$\displaystyle u^{-1} = \left( \begin{array}{cc} 1 & 0 \\ 1 & 1 \end{array} \right) , x = \left( \begin{array}{cc} 0 & 1 \\ 0 & 0 \end{array} \right)$

とする(省スペースのため直接 $u^{-1}$ を書いてしまっているが, これは正則な行列なので $u$ の存在は問題ない). $x^2=0$ なのでnilpotentである. 一方で

$\displaystyle u^{-1}x = \left( \begin{array}{cc} 0 & 1 \\ 0 & 1 \end{array} \right)$
であり, 計算してみると分かるがこの行列はべき等である(つまり何乗しても元のまま). よって $x$ はnilpotentだが $u^{-1}x$ はnilpotentでない例となっている. このとき
$\displaystyle u+x = \left( \begin{array}{cc} 1 & 1 \\ 1 & 1 \end{array} \right)$

なので, unitにはなっていない.

問の主張に「$x$ と可換なunit $u$ について」という条件を加えれば可換環でない一般の環でも成り立つ. ただ可換代数の本なのであまり非可換性とかは気にしなくてもいいかもしれない.